MENU

工藤泰成の経歴は?育成1位から阪神の守護神、高校・大学・父親も

工藤泰成の経歴・父親(文字のアイキャッチ)

<本サイトは記事内にPRが含まれています>

 

阪神タイガースの工藤泰成(くどう・たいせい)投手が、2026年10月17日のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージで涙を流したことが話題になっています。

結論からお伝えすると、工藤投手は秋田市出身の24歳で、明桜高・東京国際大・独立リーグの徳島インディゴソックスを経て、育成ドラフト1位から阪神の守護神になった右腕です。この記事では、報道で伝えられている内容をもとに、経歴と少年時代、父親の話をまとめます。

この記事でわかること

  • 工藤泰成投手のプロフィール
  • 高校・大学・独立リーグまでの経歴
  • 育成から守護神になるまでの歩みと今季の成績
  • 父・一範さんが語った少年時代
  • CSファイナルで涙した場面
目次

工藤泰成のプロフィール

まずは基本の情報です。

項目 内容
名前 工藤泰成(くどう・たいせい)
生年月日 2001年11月19日(24歳)
出身 秋田県秋田市
身長・体重 177cm・82kg
投打 右投げ左打ち
経歴 明桜高 → 東京国際大 → 徳島インディゴソックス → 阪神(2024年育成ドラフト1位)

生年月日・身長・体重・経歴はNPBの選手情報とベースボールキングの選手プロフィールによるものです。

工藤泰成の経歴|高校・大学・独立リーグ

工藤投手は、すぐにプロ入りしたわけではありません。高校・大学・独立リーグと、遠回りをして阪神にたどり着きました。

時期 所属 主な出来事
小学生 渟西小野球倶楽部(能代市) 5年生で秋田市から能代市に転校。投手・内野手・捕手をこなす
高校 明桜高校 一般入試で入学。3年夏の県大会決勝で先発するも、甲子園には届かず
大学 東京国際大学 4年でプロ志望届を出したが、指名されず
独立リーグ 徳島インディゴソックス 2024年にリーグ最多タイの8勝、最速159キロ
プロ 阪神タイガース 2024年の育成ドラフト1位で入団

小学校と高校のことはABS秋田放送のインタビュー、大学と独立リーグのことはスポーツナビの記事によります。

高校で投手一本に、納豆を1日10パック

ABS秋田放送によると、明桜高に入ったころは体が細く、体づくりのために「納豆を1日10パック」食べる取り組みをしていました。実際には毎食3パック以上だったそうです。

最初は内野手も考えていましたが、先輩たちの実力を見て投手一本に絞りました。当時の輿石重弘監督は、工藤投手を「練習の虫」と評しています。

独立リーグで才能が開花

大学4年でプロ志望届を出しましたが、ドラフトでは名前が呼ばれませんでした。

スポーツナビによると、卒業後に入った四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでは、シーズン序盤から先発を任され、リーグトップタイの8勝を挙げました。8月には159キロを記録しています。

育成1位から守護神へ|阪神での歩み

阪神に入ってからの歩みを時系列で見ていきます。

時期 出来事
2024年10月 育成ドラフト1位で阪神から指名
2025年3月 入団1年目で支配下選手に
2025年 1軍で登板するも、藤川監督から厳しい言葉を受ける
2026年7月 ヤクルト戦で球団の日本人最速となる163キロを記録
2026年 シーズン途中から抑えに定着
2026年10月17日 CSファイナル第4戦で逆転打を浴び、チームは敗退

支配下登録と163キロはABS秋田放送、2025年の出来事は日刊スポーツによるものです。

藤川監督の「金言」

日刊スポーツによると、工藤投手は2025年、藤川球児監督から「お前とは今年会うことないから」と突き放されたことがありました。

そのうえで授かったのが「マネーピッチング」という言葉です。工藤投手は「打者の嫌がるコースにいかに投げられるか、そこに投げられてこそ稼げるという意味だと思います」と受け止めています。

2026年の成績

サンケイスポーツによると、2026年のレギュラーシーズンの成績は次のとおりです。

項目 成績
登板 57試合
勝敗 3勝1敗
セーブ 12
ホールド 13
防御率 1.05

最速163キロの速球を武器に、シーズン後半から守護神に定着し、新人王の候補にも挙がっています。

防御率1.05は、57試合に投げた中継ぎ・抑えとして非常に低い数字です。

工藤泰成の父親・一範さんが語る少年時代

工藤投手の父は一範さんです。ABS秋田放送のインタビューで、少年時代のことを語っています。

  • ゲームより外遊びが好きで、ボールとグラブを持って壁当てをしていた
  • 冬は野球が終わるとバドミントンにはまっていた時期もあった
  • 小学生のころは、父とキャッチボールやバッティング練習をよくしていた

野球をやめかけた息子に「野球やってみないか」

同じインタビューによると、工藤投手は高校に上がるときに一度、野球をやめるつもりでした。

そこで一範さんが「野球やってみないか」と声をかけ、通学に便利な明桜高に進むなら野球部に入ることを条件にしたそうです。この一言が、野球を続けるきっかけになりました。

一範さんは「長く野球を続けてほしい」と話しています。大きなけがや挫折をしてこなかった息子が、困難にどう向き合うかを陰ながら応援したいとも語っていました。

CSファイナルで涙した場面

2026年10月17日、甲子園でのCSファイナルステージ第4戦。阪神は5対4とリードして9回を迎えました。

サンケイスポーツによると、8回途中から投げていた工藤投手は、9回2死二、三塁、2ストライクから三森大貴選手に逆転打を浴び、敗戦投手になりました。阪神はこの試合で敗退が決まっています。

試合後はスタンドへのあいさつでも涙が止まらず、坂本誠志郎選手らに肩を支えられました。取材では約40秒間言葉が出ず、「巻き戻したくても、巻き戻せないんで。」と話しています。

翌18日には、巨人の田中瑛斗投手が「あれほど頑張っている人を、誰も責めてはいない」とエールを送ったとスポーツ報知が伝えています。

まとめ

工藤泰成投手の経歴を、報道をもとにまとめました。

工藤泰成投手のポイント

  • 2001年11月19日生まれ、秋田市出身の24歳
  • 明桜高・東京国際大を経て、独立リーグ徳島で8勝・159キロ
  • 2024年の育成ドラフト1位で阪神へ。1年目の3月に支配下選手に
  • 2026年は57試合で防御率1.05、最速163キロで守護神に
  • 父・一範さんの「野球やってみないか」が、野球を続けるきっかけに

ABS秋田放送によると、本人は来年以降の目標に「セーブ王」を挙げています。悔し涙のあと、来季どんな投球を見せるのかに注目です。

参考にした情報

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次