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俳優の佐々木希さんが、10月29日(木)13時からの『徹子の部屋』(テレビ朝日)に出演します(番組表 bangumi.org)。芸能生活20周年を迎え、これまでの挫折や苦労を振り返るほか、家族を支えてくれた母への思いや、子どもたちのために編み始めた手芸の作品について話す予定です。
結論からお伝えすると、佐々木希さんが本人の言葉で語っている挫折は2つです。中学2年のころ、ぜんそくで入院し、医師に新体操をやめるよう言われたことと、上京して2年ほどのころ、初めての芝居に悩み、芸能界の引退を本気で考えたことです。番組でどの挫折を話すかは、番組表には書かれていません。
この記事では、本人の発言と報道で確かめられたことだけをもとに、2つの挫折の中身、そこからどう立ち直ったか、母と祖母から受け継いだ手芸の話をまとめます。
この記事でわかること
- 佐々木希の挫折とは何か(いつ・何があったか)
- 中学2年の新体操の挫折と、ぜんそくでの入院
- 上京後に引退を考えた芝居の壁
- 2つの挫折をどう乗り越えたか
- 母と祖母ゆずりの手芸と、子どもたちのための編み物
- プロフィールと、10月29日「徹子の部屋」の見どころ
佐々木希の挫折とは?新体操の断念と上京後の引退危機
佐々木希さんが、インタビューやテレビで自分から話している挫折は次の2つです。
| 時期 | 何があったか | 本人の言葉 |
|---|---|---|
| 中学2年のころ(秋田) | 大会の前にぜんそくが悪くなって入院し、医師から新体操をやめるよう言われた | 「人生で、初めて挫折した日でした」 |
| 上京して2年ほど(20歳前後) | 映画で初めて芝居に挑戦し、うまくいかずに芸能界の引退を本気で考えた | 「私なんかがいていい世界じゃない…」 |
2026年10月に出したフォトエッセイ『Natural』の会見を伝えた記事でも、本の中で「中学生のときの初めての挫折」と、上京後の孤独について書いていると紹介されています(秋田魁新報)。
中学2年の新体操の挫折 ぜんそくで「心がポキっと折れた」
佐々木さんは、小学校の低学年のときに親友の影響で新体操に出会いました。中学からは秋田新体操クラブに入り、中学2年まで本気で打ち込んでいたと話しています(FRaU)。
医師から「新体操は辞めてください」
佐々木さんは、物心ついたころからぜんそくがありました。新体操を始める前から、かかりつけの医師からは「続けないほうがいい」と助言を受けていたそうです。
大会が近いころ、ぜんそくが良くならずに入院し、病院の先生から新体操をやめるよう告げられました。コーチは引き留めてくれましたが、佐々木さんは「道が絶たれた」と感じ、悔しさや悲しさを通り越して気持ちがなくなったと振り返っています。スマホの無い時代で、病室では音楽を聴くか、天井の模様を数えて1日を過ごしたといいます(FRaU)。
母が車の中で悩んでいた姿
このとき、母も深く悩んでいました。佐々木さんは、母が車の中で考え込んでいた姿が「今も脳裏に焼きついています」と話しています。新体操をやめさせることや、家族でかわいがっていた猫と暮らせなくなるかもしれないことに悩んでいたそうです(FRaU)。
上京後に引退を考えた 初めての芝居の壁
2つ目の挫折は、芸能界に入ってからです。佐々木さんは秋田のショップで働いていたときにスカウトされ、2006年に雑誌『PINKY』のオーディションでグランプリを取って上京しました。2008年の映画『ハンサム★スーツ』で俳優デビューしています(Wikipedia)。
2025年7月の日本テレビ系『1周回って知らない話』では、映画で初めて芝居に挑戦したときに挫折し、上京して2年ほどのころに芸能界の引退を本気で考えたと明かしました。そのときの気持ちを「私なんかがいていい世界じゃない…」と振り返っています(ザテレビジョン)。
秋田弁と人見知りの苦労
上京したばかりのころは、仕事のほかにも苦労がありました。秋田弁が抜けず、「ゴミを投げる」と言って周りに何度も注意されたそうです(秋田魁新報)。デイリースポーツのインタビューでは、上京直後は東京になじめず、人見知りにも悩んだと話しています(デイリースポーツ)。
2つの挫折をどう乗り越えたか
佐々木さんは、20周年のフォトエッセイの会見で、若い人に向けて「頑張って続けていればいいことがある」と話しました。失敗についても「失敗は成功の元」と、経験になると考えています(秋田魁新報)。
「人間って強くなるんですね」
デビュー20年を迎えた2026年8月のインタビューでは、上京直後に「追いつかない自分」に苦しんだことを振り返りつつ、2児の母になって家族全体に責任を持つようになり、「人間って強くなるんですね」と話しています(デイリースポーツ)。
新体操をやめた中学生のときも、芝居に悩んだ上京後も、佐々木さんはやめずに次の道へ進みました。20年続けてこられたことを、本人は周りの支えのおかげだとしています。
母と祖母ゆずりの手芸 子どもたちのための編み物
番組では、子どもたちのために、子どものころから好きな手芸で新しい作品を編み始めたことも話す予定です。佐々木さんの手芸好きは、母と祖母の影響です。
手芸は「母や祖母のまねをして」
2021年にNHK Eテレの手芸番組『すてきにハンドメイド』の司会になったとき、佐々木さんは手芸を始めたきっかけを「母や祖母のまねをして、まずは縫い物をやったのだと思います」と話しました。母と祖母は「『もったいないでしょ』というタイプ」で、物を捨てずに直しながら長く使う姿を見て育ったそうです(まいにちキレイ)。
今も服に穴が開いたりボタンが取れたりすると自分で直し、子どものズボンの穴にはワッペンを付けてかわいく直しているといいます。
子どもの帽子を手編み
2025年12月28日には、インスタグラムで「寒くなったから、子供の帽子を編みました」と、青と白の手編みの帽子を公開しています(まいにちキレイ)。
佐々木希のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 佐々木希(ささき のぞみ) |
| 生年月日 | 1988年2月8日(38歳) |
| 出身 | 秋田県秋田市 |
| 家族 | 5歳上と3歳上の兄がいる末っ子。名前の「希」は父が付けた |
| デビュー | 2006年『PINKY』のオーディションでグランプリ |
| 結婚 | 2017年、アンジャッシュの渡部建さんと結婚 |
| 子ども | 2人(2018年に長男、2023年に第2子が誕生) |
結婚と家族
2017年にお笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建さんと結婚し、2018年に長男、2023年に第2子が生まれました。今は2児の母として、子育てと仕事を両立しています(デイリースポーツ)。
現在と20周年
2026年は芸能生活20周年の年です。10月2日には初めてのフォトエッセイ『佐々木希フォトエッセイ Natural』(講談社)を出し、会見で「ここまで率直に自分のことを話したのは初めて」と話しました(秋田魁新報)。
10月29日「徹子の部屋」の見どころ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組 | 徹子の部屋(テレビ朝日) |
| 放送日時 | 2026年10月29日(木)13:00〜13:30 |
| 出演 | 黒柳徹子さん、佐々木希さん |
| テーマ | 芸能生活20周年と家族の愛 |
番組表によると、話す内容は次のとおりです(番組表 bangumi.org)。
- 芸能生活20周年を迎え、これまでの挫折や苦労を振り返る
- 家族を支えてくれた母への思い
- 祖母との思い出
- 子どもたちのために、子どものころから好きな手芸で新しい作品を編み始めた
- 黒柳徹子さんからの思いがけないアドバイス
まとめ
佐々木希の挫折のポイント
- 本人が語った挫折は2つ。中学2年のころのぜんそくの入院で新体操をやめるよう言われたことと、上京2年ほどで初めての芝居に悩み引退を考えたこと
- 新体操の挫折は「人生で、初めて挫折した日」。母も車の中で深く悩んでいた
- 上京後は秋田弁や人見知りにも苦労した
- 「頑張って続けていればいいことがある」「失敗は成功の元」と、20年続けてきた
- 手芸は母と祖母のまねから始まり、今は子どもの帽子も手編みしている
- 10月29日(木)13時の「徹子の部屋」で、20年の挫折と苦労、家族への思いを語る
