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俳優の佐々木希さんが、2026年10月29日(木)午後1時放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演し、芸能生活20年の挫折や苦労を振り返ります(ザテレビジョン)。
結論からお伝えすると、佐々木希さんの出身校(小学校・中学校・高校)は公表されていません。本人が明かしているのは、秋田市で育ち、中学では新体操に打ち込み、10代はギャルとして過ごしながらアルバイト中にスカウトされ、18歳で上京したという流れです。
この記事では、本人の連載やエッセイをもとに、佐々木さんの学生時代を時系列でまとめます。
この記事でわかること
- 佐々木希の学歴(公表されていること)
- 金足農業高校の出身?ドラマの「高校時代」は役の話?
- 小学校時代:活発な末っ子と手芸
- 中学時代:新体操とぜんそくによる挫折
- 10代後半:ギャル時代とアルバイト
- スカウトから18歳の上京まで
佐々木希のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 佐々木希(ささき・のぞみ) |
| 本名 | 渡部希(わたべ・のぞみ)。旧姓も佐々木 |
| 生年月日 | 1988年2月8日 |
| 出身 | 秋田県秋田市 |
| きょうだい | 5歳上と3歳上の兄 |
| デビューのきっかけ | 2006年3月「ギャルコンJAPAN」初代グランプリ |
| 家族 | 2017年に渡部建さんと結婚。2児の母 |
生年月日・出身・デビュー・結婚は Wikipedia、きょうだいは本人の連載(FRaU 2026年2月20日)によります。
佐々木希の学歴は公表されている?
佐々木さんの出身校は、本人も事務所も公表していません。Wikipediaにも学校名の記載はありません。
ネット上には学校名や「高校中退」の話が出回っていますが、本人の発言や報道で確かめられるものは見つかりませんでした。この記事では、確かめられない学校名は書きません。
| 時期 | 本人が明かしていること |
|---|---|
| 小学校 | 秋田市の端の田舎で育つ。低学年で新体操を始める |
| 中学校 | 秋田新体操クラブに所属。部活には入らずクラブへ直行 |
| 中学時代 | ぜんそくで入院し、新体操を辞める(人生初の挫折) |
| 10代後半 | ギャルとして過ごす。秋田フォーラスで販売員のアルバイト |
| 16〜17歳 | アルバイト中に雑誌の編集者に声をかけられる |
| 18歳 | 上京。モデルとしてデビュー |
小学校・中学校はどこ?
小学校と中学校の名前も公表されていません。本人が話しているのは、秋田市の端のほうの田舎で育ったことです(FRaU 2026年2月20日)。
知恵袋などでは「秋田市のどの地区か」を尋ねる質問も見かけますが、実家の場所につながるため、この記事では扱いません。
高校はどこ?高校に進学した?
高校についても、学校名や卒業したかどうかは公表されていません。ネット上の情報は、次のように食い違っています。
| 情報 | 中身 | 確かさ |
|---|---|---|
| 週刊文春(2024年2月) | 「高校時代は『マドンナ的存在』だった」 | 記者の地の文。誰の証言かは書かれていない(文春) |
| 一部のまとめサイト | 「高校には進学していない(中卒)」 | 出典が確かめられない |
| 一部の個人ブログ | 「高校中退」 | 出典が確かめられない |
| 日刊ゲンダイ(2026年6月) | 16歳のころ、地元の雑貨店でアルバイト中に声をかけられた | 報道(日刊ゲンダイ) |
週刊文春の書き方からは、高校に通っていたとみられます。ただし本人の発言では確かめられず、卒業したかどうかもわかりません(推定)。
金足農業高校の出身?
「佐々木希 学歴」で調べると、Yahoo!知恵袋の「出身高校は秋田県の金足農業高校です」という答えが上位に出てきます。ただし、この答えは2009年11月の投稿で、根拠や出典は書かれていません。同じ質問の別の回答は「中卒じゃなかったんですか?」と書いていて、答えが割れています(Yahoo!知恵袋 2009年11月)。
金足農業の名前がもう一度広まったのは、2018年夏の甲子園です。金足農業が決勝に進んだとき、佐々木さんはInstagramで「毎試合、感動で涙が溢れる!」と応援しました。このときの報道も、佐々木さんを「秋田出身」と書いているだけで、金足農業の卒業生とは書いていません(NewsPicks(ハフポスト日本版)2018年8月)。
| 「金足農業」説の出どころ | 中身 | 確かさ |
|---|---|---|
| Yahoo!知恵袋(2009年) | 「金足農業高校です」 | 根拠・出典なし |
| 2018年夏の甲子園 | 秋田代表の金足農業をInstagramで応援 | 報道は「秋田出身」とだけ書く |
本人が金足農業の出身だと話した記録は、見つかりませんでした。甲子園の応援は、地元・秋田の代表校を応援したものと推定されます。
ドラマで話した「高校時代」は役の話?
2024年2月、ABEMA TIMESに「指定校推薦の代わりに教師から『俺の言う事を聞け』 佐々木希、壮絶な高校時代を明かし号泣」という記事が出ました。これは、テレビ朝日のドラマ『アイのない恋人たち』第3話の紹介記事です。本文は「学園マドンナの闇落ち半生」を佐々木さんが語る回だと紹介していて、ドラマの中の役の話と推定されます(ABEMA TIMES 2024年2月4日)。
見出しだけを読むと本人の実話に見えますが、佐々木さん本人が高校時代のこととして話したものではないと読めます。
大学には行った?
大学に進学したという情報はありません。18歳で上京してすぐにモデルとして活動を始めているため、大学には進んでいないと推定されます。
卒アルの写真は公開されている?
本人が卒業アルバムの写真を公開したという報道は見つかりませんでした。
子どものころの写真なら、本人が公開しています。2026年5月には、小学生のころの写真をInstagramのストーリーズに載せ、「本気で美少女」と話題になりました(LIMO)。2026年10月発売のフォトエッセイ『Natural』にも、実家から取り寄せた、これまで出していなかった写真が載っています(VOCE)。
小学校時代:活発な末っ子と手芸
佐々木さんは秋田市の端のほうの田舎で育ち、田んぼや山、海が身近にある環境でした。どこへ行くにも兄についていき、木や塀に登ってケガをするほど活発だったそうです(FRaU 2026年2月20日)。
一方で、小学生のころから手芸が大好きでした。お小遣いをもらうとデパートの手芸コーナーに直行し、フェルト人形やキーホルダーを作っていたといいます。雪の多い秋田の冬は、特に手芸に没頭したそうです(FRaU 2026年2月20日)。
新体操との出会い
新体操を始めたのは小学校低学年のころです。親友の影響で始め、もともと体が柔らかかったことから「自分の得意なことが見つかった」と感じてのめり込みました(FRaU 2026年3月20日)。
中学時代:新体操とぜんそくによる挫折
中学では本格的に習うため、秋田新体操クラブに所属しました。部活には入らず、学校が終わるとクラブへ直行し、大会前は高校生と一緒に毎日練習したそうです。入賞経験もあり、中学2年生ごろまで本気で取り組みました。
練習したのはリボン、フープ、ロープ、ボール、クラブの5種目で、大会ではリボンとクラブに力を入れていました。
医師から「新体操は辞めてください」
佐々木さんは物心ついたころからぜんそく持ちでした。大会の直前に症状が良くならずに入院し、病院の医師から「新体操は辞めてください」と告げられます(FRaU 2026年3月20日)。
コーチは引き留めてくれましたが、気持ちを立て直せませんでした。入院中は一日中、病室の天井の模様を数えていたそうです。佐々木さんはこの日を「人生で初めて挫折した日」と振り返っています。
10代後半:ギャル時代とアルバイト
退院後に新体操を辞めた佐々木さんは、残りの10代をギャルとして過ごしました。新体操に使っていた時間は、仲間と過ごす時間に変わります(FRaU 2026年3月20日)。
| ギャル時代の楽しみ | 内容 |
|---|---|
| 憧れ | 安室奈美恵さん、浜崎あゆみさん |
| 集まる場所 | 秋田の駅前 |
| 遊び | プリクラ、落書きペンでの手紙交換、MDに曲を入れて共有 |
本人は当時を「まさに青春でした」と振り返っています。
ヤンキー説の真相は?
ネット上には「地元の秋田で無敗の伝説を作った」といったヤンキー説が出回っています(ライブドアニュースのまとめ)。ただ、これは「言われている」という話の紹介で、本人が認めたものではありません。
本人が連載で話しているのは、次のようなことです(FRaU 2026年3月20日)。
- 新体操を辞めたあと、残りの10代は「ギャル」として過ごした
- 反抗心から家にいたくなくなり、帰りが遅くなって親に大きな心配をかけた
- 正義感が強く、友人の悪口が広がったときは、言い出した人を突き止めて止めた
本人の説明に近いのは「ヤンキー」ではなく「反抗期のギャル」だった、と推定されます。ケンカなどの話は、本人の発言には出てきません。
両親はどんな人?
父親は、佐々木さんの名前「希」を付けた人で、すでに亡くなっています。父の死後は、母親が女手一つで家計を支えました。佐々木さんが10代でアルバイトを始めたのも、その母の姿を見たからです。両親と家族のことは「佐々木希の母親はどんな人?」で詳しくまとめています。
家計を助けるためのアルバイト
佐々木さんの家では、父親が亡くなったあと、母親が一人で家計を支えていました。母の姿を見て「少しでも自分で生活費を稼げるようになりたい」と考え、秋田の中心地にある「秋田フォーラス」の販売員に応募して採用されます(FRaU 2026年3月20日)。
接客や目上の人との話し方を学び、「大人への第一歩を歩み始めたような感覚」だったそうです。初めてのアルバイト代では、母に財布を贈りました。
スカウトから18歳の上京まで
芸能界入りのきっかけは、ショップ店員のアルバイト中に、秋田を訪れていた『週刊ヤングジャンプ』の編集者に声をかけられたことです。最初は断りましたが、店長に背中を押されました(FRaU 2026年4月20日)。
2015年2月に「徹子の部屋」へ出演したときは、このときの様子を話しています。2005年、ふだん見かけない男性6人ほどが店の周りを回っていて怪しいと思っていたら、店長を通して声がかかり、「いやいや撮影に行った」そうです(クランクイン! 2015年2月26日)。日刊ゲンダイは、声がかかったのは16歳のころ、地元の雑貨店でのアルバイト中だったと伝えています。
売れたきっかけは?
撮影した写真が「ギャルコンJAPAN」に載り、2006年3月に初代グランプリに選ばれます。同じ年の8月には雑誌『PINKY』のオーディションでもグランプリを取りました(Wikipedia)。
デビューの経緯:アルバイトをやり切ってから上京
複数の芸能事務所から声がかかり、アットホームな雰囲気で今の事務所を選びました。ただ、アルバイトを最後までやり切りたかったため、上京を待ってもらったそうです。母は「希が決めたなら行ってきなさい」と送り出しました。
18歳で上京したあとは、秋田弁が抜けずに職場で何度も注意されたと、2026年10月の会見で話しています(秋田魁新報)。
上京してからの生活には、「20歳までは恋愛禁止、門限もある」という決まりがありました。家族が近くにいないさみしさから、秋田に帰ろうと思ったこともあったそうです(クランクイン! 2015年2月26日)。
まとめ
佐々木希の学歴のポイント
- 出身校(小・中・高)は公表されていない。高校には通っていたとみられるが、卒業したかは不明(推定)
- 大学には進んでいないと推定。卒アルの写真は公開されていない
- 秋田市の田舎で育ち、小学校低学年で新体操を始めた
- 中学では秋田新体操クラブで入賞するほど打ち込んだ
- ぜんそくで入院し、医師に止められて新体操を辞めた(人生初の挫折)
- 10代後半はギャルとして過ごし、秋田フォーラスでアルバイト。ヤンキー説は本人の発言では確かめられない
- アルバイト中に声をかけられ、2006年にグランプリ。18歳で上京
- 「金足農業高校」は2009年の知恵袋の答えで出典なし。2018年の甲子園の応援は地元の代表校として(推定)
学校名はわからなくても、佐々木さんの学生時代は「打ち込んだものを失い、それでも働いて家族を助けた」10代でした。10月29日の徹子の部屋では、その挫折と苦労がどう語られるのかに注目です。