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スノーボード男子ハーフパイプで、2026年2月のミラノ・コルティナ五輪の金メダリストになった戸塚優斗さんが、10月28日(水)13時からの『徹子の部屋』(テレビ朝日)に出演します(番組表 bangumi.org)。番組表のテーマは「〜大ケガを乗り越え…母に捧げた金メダル〜」で、子どもの頃から支えてくれた母への感謝や、オリンピックの舞台裏を明かします。
結論からお伝えすると、戸塚優斗さんの大ケガとして報じられているのは2つです。中学1年のときにアメリカの練習で腕の太い骨がずれた大ケガと、16歳で出た2018年平昌五輪の決勝で腰を強打し、担架で運ばれた転倒(打撲で済んだ)です。番組で話すケガがどちらか、ほかのケガかは、番組表では書かれていません。
この記事では、本人の発言と報道で確かめられたことだけをもとに、2つのケガの中身、そこからどう立ち直って金メダルにたどり着いたか、母がどう支えたかをまとめます。
この記事でわかること
- 戸塚優斗のケガは何か(いつ・どこで・どんなケガか)
- 平昌五輪の転倒と、その後の診断
- 中学1年のアメリカでの大ケガ
- ケガと2度の五輪の悔しさをどう乗り越えたか
- 母はどう支えたか、なぜ母に金メダルを捧げたのか
- プロフィールと現在、10月28日「徹子の部屋」の見どころ
戸塚優斗のケガは何?中学1年の腕の大ケガと平昌五輪の転倒
戸塚優斗さんのケガとして、本人や報道が明かしているのは次の2つです。
| 時期 | 場所 | 何が起きたか | ケガの中身 |
|---|---|---|---|
| 中学1年のころ | アメリカでの練習中 | ハーフパイプの一番高い所(リップ)に当たり、平らな所まで落ちた | 腕の太い骨がずれ、手首とひじの間がふくらんだ(本人談) |
| 2018年2月(16歳・高校1年) | 平昌五輪の決勝2回目 | 最初の空中技の着地でコースのへりに腰を強打し、底に投げ出された | 担架で運ばれ病院へ。打撲で済んだ |
(出典:スポーツ報知(Yahoo!ニュース)、朝日新聞、Number Web)
2つのうち、本人が「衝撃的で今でも覚えてます」と話しているのは、中学1年のときの腕のケガです。
平昌五輪の転倒 16歳で担架で運ばれた
2018年2月14日、平昌五輪のスノーボード男子ハーフパイプ決勝。初出場で16歳の戸塚さんは、1回目に転倒して39.25点の8位で2回目を迎えました。
朝日新聞によると、2回目はスタート直後、最初の空中技の着地でコースのへり(リップ)に腰を強く打ち、そのままコースの底に投げ出されました。上半身は自分で起こしたものの、その場から動けず、そりのついた担架で体を固定されたまま運ばれています。「念のために3回目を棄権して病院へ検査に行く」と発表されました(朝日新聞)。
web Sportiva によると、この2回目は最初の技で「フロントサイド・ダブルコーク1440」(縦2回転・横4回転)を高く決めたあと、着地でリップに乗り上げて体を強く打っていました(web Sportiva)。
平昌のケガは打撲で済んだ
ケガの結果について、Number Web は「幸い、打撲で済んだ」と書いています。順位は11位でした(Number Web)。
当時、Yahoo!知恵袋には「怪我の状態は大丈夫なのか」「その後どうなったのか」という質問がいくつも出ていました。Number Web の「打撲で済んだ」が、この質問への答えになります。
中学1年のアメリカでの大ケガ 「ひじが2個ある」
もう1つの大ケガは、2026年5月16日のフジテレビ系『ジャンクSPORTS』で本人が話したものです(スポーツ報知(Yahoo!ニュース))。
戸塚さんは「中学1年生の頃にアメリカで練習してる時に、ハーフパイプの一番高い所、リップって所があるんですけど、そこに当たってから平らな所まで落っこちてしまって」と振り返りました。
最初は何ともないと思ったものの、立ち上がると「ひじが2個あるというか…」。手首とひじの間にもう1つひじができたようになり、「太い骨がズレちゃってて、ポッコンって膨れあがってて。それが衝撃的で今でも覚えてます」と話しています。
中1のケガで病名は公表されていない
本人の言葉からわかるのは「腕の太い骨がずれた」ということまでです。骨折か脱臼かといった病名、手術の有無、どれくらい休んだかは公表されていません。『徹子の部屋』で話された場合は、放送後に追記します。
ケガと2度の五輪の悔しさをどう乗り越えたか
戸塚さんの道のりは、ケガだけでなく、五輪で思うように滑れなかった悔しさとの戦いでもありました。
| 年 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2018年 | 平昌五輪(16歳) | 決勝2回目に転倒し担架で運ばれる。11位 |
| 2021年 | 世界選手権・Xゲーム・W杯 | 世界選手権で初優勝、W杯は3度目の種目別総合優勝 |
| 2022年 | 北京五輪 | 10位 |
| 2026年 | ミラノ・コルティナ五輪 | 2回目に95.00点で金メダル |
(出典:Number Web、デイリースポーツ)
平昌の転倒を「経験不足」と受け止めた
平昌の転倒について、戸塚さんは2022年のインタビューで「完全に経験不足だったし、雰囲気に飲まれました。空回りしたというか、テンションを抑えきれない感じで」と振り返っています。「いま振り返れば、オリンピックに対しての準備ができていない状態での出場でしたね。ただ、それだけにこの4年間で準備をしっかりできた」とも話しました(web Sportiva)。
2021年には「弱かったことを実感できた」と話し、心と技の両方で平野歩夢さんらとの差を感じたことを糧にして、世界選手権で初優勝しています(Number Web)。
「何回もやめようと思った」
それでも北京五輪は10位。ミラノ・コルティナ五輪の表彰式では涙が止まらず、「ここまでこれて何回も辞めよう辞めようと思ったが、いろんな人に支えられて感謝してます」と話しました(デイリースポーツ)。
Number Web には「やめようと思った時にチームの仲間やコーチ、母親といった人たちに支えられてここまで来ました」という言葉があります。金メダルの重さを聞かれ、「支えてもらった感謝の気持ちが詰まっていて、本当に重いものになりました」と答えています(Number Web)。
戸塚優斗の母はどんな人?なぜ母に金メダルを捧げたのか
戸塚さんの母は一般の方で、名前や仕事は公表されていません。報道で確かめられるのは、次のことです。
- スノーボードは2〜3歳から、主に母の影響で始めた(週刊文春)
- 練習施設のある山梨や岐阜まで、母が車で連れて行った(秋田魁新報(共同通信))
- ミラノ・コルティナ五輪の現地に応援に来た母に、金メダルをかけた(週刊文春)
横浜市出身の戸塚さんにとって、雪のある練習場所へ通うには長い車の移動が欠かせませんでした。2月17日に羽田空港へ帰国したときには「車で(練習施設がある)山梨や岐阜まで連れて行ってくれた母に感謝している」と話しています(秋田魁新報(共同通信))。
週刊文春によると、小学2年生の冬、苗場スキー場のイベントで母がリフトで乗り合わせた元日本代表の小柳真紀さんに「うちの子はヨネックスのライダーになりたいんです」と話したことが、のちに所属するヨネックスとのつながりの始まりでした(週刊文春)。
番組表には「3度目のオリンピック挑戦で掴み取った悲願の金メダルの裏には、子どもの頃から支えてくれた母の存在があった」とあります。ケガや「やめたい」と思った時期にも支えてくれた母への感謝が、「母に捧げた金メダル」という言葉につながっています。
家族と妻・今井胡桃さん
戸塚さんは2026年6月9日、平昌・北京の両五輪にスノーボード女子ハーフパイプで出場した今井胡桃さんとの結婚をインスタグラムで発表しました。今井さんはミラノ・コルティナ五輪で戸塚さんのネイルをするなどサポートし、レース後に金メダルをかける様子も注目されていました(デイリースポーツ)。番組表によると、今井さんは現在ネイリストで、番組では妻との秘話も明かします。
戸塚優斗のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 戸塚優斗(とつか・ゆうと) |
| 生年月日 | 2001年9月27日 |
| 出身 | 神奈川県横浜市 |
| 身長・体重 | 169cm・64kg |
| 所属 | ヨネックス |
| 学歴 | 光明学園相模原高校を卒業後、日本体育大学へ(2026年春に卒業) |
| スノーボード | 3歳から(週刊文春は2〜3歳から)。小学3年からハーフパイプ |
| 主な成績 | 2017年全日本選手権優勝、平昌五輪11位、北京五輪10位、ミラノ・コルティナ五輪金メダル |
(出典:デイリースポーツ)
現在と今後
金メダルの報告で日本体育大学を訪れた6月には「4年後の五輪は自分の競技の終わりになるかもしれない。また金メダルを取れるようにやっていく」と話しています(秋田魁新報(共同通信))。五輪の決勝2日前にも大学の課題を出していたそうです。
10月28日「徹子の部屋」の見どころ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組 | 徹子の部屋(テレビ朝日) |
| 放送日時 | 2026年10月28日(水)13:00〜13:30 |
| 出演 | 黒柳徹子さん、戸塚優斗さん |
| テーマ | 〜大ケガを乗り越え…母に捧げた金メダル〜 |
番組表によると、話す内容は次のとおりです(番組表 bangumi.org)。
- 子どもの頃から支えてくれた母への感謝
- オリンピックの舞台裏でのエピソード
- オリンピック後に結婚した、元スノーボード選手で現在はネイリストの妻との秘話
- 勝負のときのお守り
- 得意料理
まとめ
戸塚優斗のケガと母のポイント
- 報じられている大ケガは2つ。中学1年のアメリカでの練習で腕の太い骨がずれたケガと、16歳の平昌五輪で腰を強打し担架で運ばれた転倒
- 平昌のケガは打撲で済んだ。病名・治るまでの期間などは公表されていない
- 平昌は「経験不足」、北京は10位。何回もやめようと思いながら、ミラノ・コルティナ五輪で金メダル
- 母は2〜3歳でスノーボードを始めるきっかけになり、山梨や岐阜まで車で送り迎えした
- 金メダルは応援に来た母にもかけた
- 10月28日(水)13時の「徹子の部屋」で、母への感謝と妻との秘話を語る
